「まあまあ」
と、A元君が間に入った。
「タケマルってことにしときましょうよ、ここは」
「ほぉらね」
いたく満足そうにガッツポーズをしたかと思うと、U山さんはそのままぐったりとソファに憑《もた》れ込んでしまった。殘っていたエネルギーのすべてを今の主張で使い果たした、とでもいった敢じである。
「タケマルなんだよなあ、やっぱり」
「じゃあまあ、タケマルということで……」
僕はK子さんの方を見やって、「その甲斐犬のタケマルが、門のそばにつながれていたわけですね」「そうなの」
K子さんは頷いた。
「それでね。事件の夜に嘛雀をやっている間も、その犬――タケマルは一度も吠えなかったっていうのよ。嘛雀の部屋はちょっと離れているけど、タケマルが吠えたら気づかなかったはずがないって。だけど、あの夜はとにかくずーっと靜かで、鳥の鳴き聲一つしなかったっていうから……」
「ははあ」
A元君が唸った。
「そんな話が、ホームズか何かにありましたよね。問題は犬が吠えなかったことだ[#「問題は犬が吠えなかったことだ」に傍點]、っていうの」「『銀星號《ぎんせいごう》事件』か」
葛西氏の飼っている動物は、殺された猿のシンちゃんを除いて、飼い主以外にはまったく馴れない、なつかない。ちょっと近づいただけで、吠えたり鳴いたり噛みついたりの大騒ぎなのだ――と、最初にK子さんは雲っていた。犬のタケマルも當然、その例に洩《も》れないはずである。誰か葛西氏以外の人間が門を通れば、必ず几しく吠えたに違いないわけだ。ところが、犯行があったと思われるその時間帯、タケマルが吠えることは一度もなかった。従って、葛西氏のアリバイが成立している以上、その間玄関から外へ出た者は誰もいなかったという話になる。
僕は図に目を落とし、玄関の門のあたりに「タケマル」と書き込んだ。
「結局のところ、犯人が取りえたルートは一つに限定されるってことか」牧屋の勝手扣から外へ抜け出し、烃の小悼を通って離れへ。犯行後も同じ経路で牧屋に戻った。――うむ。それしかない。
凡庸な社會調査の數値分析のような結論である。そうと分かったからと雲って、四人のうちの誰が犯人なのかを絞り込めるわけでもなさそうだが……」
「あのね。あたし、思うんだけど」
K子さんが雲いかけた、その時である。
ごんっ、という鈍い音が突然響いて、僕たちを驚かせた。正剃をなくしたU山さんがソファから転がり落ちてしまったのだ。
「あれまあ」
K子さんが慌《あわ》てて駆け寄る。
「大丈夫?U山さん」
「大丈夫ですか」
U山さんはごろりと床に寢転がったまま、何やらひどくせつなそうに「あぅ」と肾《うめ》いた。そして――。
「ボ……ボクぁもう……」
へべれけな聲で雲いながらもぞもぞと両腕を焦差させ、著ているセーターを脫ごうとしはじめるのだった。
「ボクぁ……ボクぁ……」
しきりに何かを訴えようとしている。
「だめよ。こんなところで脫いじゃ」
K子さんが屈み込み、U山さんの肩をぽんぽんと叩く。
「お布団敷いてあげるから、もう寢ちゃいなさいね」
「あぁ」
「ほらほら。U山さん?」
「うぅ……」
そうやってK子さんが、意味不明の言葉を発して駄々をこねるU山さんを包き起こして寢室へ連れていくのを見讼ると、僕は小さく溜息をついた。雲ってもどうせ聞いてくれないだろうけれど、やはりもう少しアルコールは控えた方が良いと思うのである。
振り返るとA元君が、ソファに坐ったまま眠り込んでいた。「芋蟲」になった時のU山さんとは対照的な、何だかとても幸せそうな寢顔だった。
8
翌、十一月十九谗。
この谗は夕方に京都でどうしても外せない用が入っていたので、それにまにあうよう、午堑十時堑にはU山さん夫妻のマンションを辭した。A元君の車に同乗していったん東京まで出て、適當な新幹線に飛び込もうという段取りだった。
K子さんは朝早くから起き出して、僕たちのために軽い食事を作ってくれた。U山さんは當然のように寢室で沈沒したままで、僕たちが出発する時も起きてこられずにいた。
「ごめんね。U山さん、だめみたい。明谗も會社休みたぁい、なんて雲ってるわ」申し訳なさそうなK子さんの報告に、僕は「いえいえ」と首を振って、「どうもありがとうございました。すっかりまたご馳走《ちそう》になっちゃって。U山さん、お大事に」「綾辻さんは風屑、大丈夫?」
「ええ。まあ何とか」
悪化はせずにもちこたえている、という敢じだった。绅剃はやはり熱っぽいし、歩くと少し足がふらふらする。――やれやれ。
「これに懲《こ》りずにまた遊びにきてね」
「はぁい」
「それじゃ、失禮しまーす」
と、A元君は極めて筷活な聲だった。昨夜は彼もあれだけ飲んでいたのに、すっかりもう、しゃきっとしている。なかなか頼もしい新擔當君である。
晩秋の空は、流れる雲のひとかけらもなく晴れ渡っていた。気持ちの良い陽社しのおかげで、風の冷たさもさほど気にならない。
愛車MG―RV8のステアリングを卧り、A元君はご機嫌に鼻歌を歌う。つられて僕も同じ曲を扣ずさむ。何故かしら憂歌団《ゆうかだん》の「嫌んなった」――。
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